本日、8月9日に公開を控えた映画『シークレット・スーパースター』の試写会に行って参りました。
クアラルンプールの映画館やら香港版DVDやら海外でダウンロードしたNetflixやらで、さんざん鑑賞済みなのですが、日本で日本語の字幕で観られて感激もひとしおです。字幕は藤井美佳さん。美しく正確な日本語で安心して楽しめました。

基本情報は公式さんにお任せして…。

映画の感想などはFilmarksさんあたりにお任せして…。

このブログでは、人物像や台詞、小ネタなどを掘り下げてみたいと思います。物語の核心に関わる部分はなるべく控えていますが、「ネタバレ、ダメ絶対」な方は、どうぞここでそっとブラウザを閉じてください。





さて、この作品は、夢と現実の狭間で悩む大学生を描いた『きっと、うまくいく』の中学生版のようでもあり、父娘の絆を描いた『ダンガル』の母娘版のようでもあります。しかし、見所はこれらの夢の実現や家族の絆のストーリー部分だけに留まりません。というのは、人物像や台詞が非常に巧みに作り上げられていて、たいへん見応えのある作品となっているためです。

まずは主な登場人物を見ていきましょう。

インシア
主役。女子中学生。クジャラート州の中規模都市ヴァドーダラー(ムンバイまで飛行機で1時間半くらい)のイスラム教徒の家庭に暮らす。ママの影響で、音楽が大好き。ギターと歌が得意。やや短気で癇癪持ちなのは父親に似たのかもしれない。自分の歌声を皆に聞いてほしい、スターになりたい、という夢と現実の狭間でもがく。

◆インシアのママ
ごく普通の専業主婦。推定35歳。あまり教育を受けていない様子。親の決めた相手と結婚し、二人の子どもを産んで育て、閉ざされた小さな世界で暮らしているけれど、愛情深く時に粗忽で時に大胆で、日々の生活をなんとか上手く切り抜けている女性。
映画音楽が大好き。音楽の教育は受けていないし、裕福でもないので恐らくラジオやテレビで音楽を見聞きしているだけで、自分で歌ったり演奏したりしたことはないはずだけれども、実はなかなかのセンスがある様子。インシアの音楽の才能はママ譲りだと思われる。

インシアのパパ
推定30代後半。短気なのが欠点。物語の中では暴力的な悪役として描かれていますが、決して完全なる悪人ではないと個人的には考えます。その証拠に、家族は皆、いつもこざっぱりとした洋服を着ているし、豊かではないけどそれなりのお家に住み、倍の授業料を払ってでもインシアを塾に通わせ、未亡人のおばさん(後述)と一緒に暮らしている。1日17時間も働き、より良い仕事を見つけ、インシアに良い条件の縁談を探してくる。暴力は本当にダメだけれど、彼は自分が見てきた周囲の男性たちと同じように振る舞っていただけで、家長としての役割を必死に果たそうとしていたのではないかな。ただ、少し、優しさとか愛情とか幸福について考える力が足りなかったのだと思います。

◆グッドゥ
インシアの弟。推定5歳。子どもです。姉にいじられる弟キャラ。姉や母の涙を見て育ち、きっと心優しいイケメンに育つことでしょう。

◆大おばさん
推定70代。未亡人。インシアのパパが「おばさん」と呼んでいることから、インシアのパパの父親の姉妹かと推測されます。自身の子どもと暮らしていないということは、子どもができなかったのでしょう。肩身の狭い人生を送ってきたに違いありません。インシアの家族の問題には口を挟まず、傍観者としてひっそりと暮らしています。しかし、自分は薄幸な人生を歩んでしまったけれど、インシア達が思うように生きるのもいいのではないか…と最後は静かに成り行きを見守ります。

◆チンタン
インシアのクラスメート。ちょっとうざいけど、心優しい男の子。離婚した母と二人暮らしのためか、女性のご機嫌とりが上手。インシア大好き。

◆シャクティ・クマール
作曲家、音楽プロデューサー。バツ2。落ち目ではあるけれど、プロの音楽家ですから、子どもの頃から音楽が好きで、才能もあって、努力もして来たはずです。しかしこの十年ほどは、商業的な需要を考えるあまり方向性を見失い、結婚生活においても迷走してしまった。インシアに出会うことで、音楽への情熱が呼び覚まされます。

◆モナリ・タークル
歌手。同名の本物のプレイバックシンガーです。ちなみに彼女は『PK』で「学校へ行きたい」と訴えるイスラム教徒の女学生を演じていました。


どの登場人物もごく普通の人たちで、それぞれに長所も短所も持ち合わせています。それがお互いに作用して魅力的な物語が紡がれていきます。

次は、名台詞の紹介を。作中、印象的な台詞が違う場面で何度か繰り返し使用されることがあります。インシアが発した言葉をママが使い、ママが発した言葉をインシアが使う。母が娘を育て、そして娘が母を助ける様子が描かれています。

◆「目的地を決めてから乗る電車を考えればいい」
ママに離婚を促すインシアの言葉。後に、「動画投稿するならブルカを着ればいい」とママがインシアを説得する際に使います。

◆「夢のない人生なんて意味がない。夢を見るのは本能だ」
夜中に動画投稿をしたくて騒ぐインシアに「夢なんて見てないで寝なさい」と諭すママに対してインシアが発した言葉。後に、ママがパパに対して毅然と立ち向かい、この言葉を使います。

◆「CHINTAN」
これは、台詞ではないのだけれど…。いやー、あのシーン、胸キュンがとまりませんね! 

◆「過去の名曲のリミックス」
テレビで音楽アワード授賞式を見ながらシャクティ・クマールについて、ママが何気なく発した言葉。本当に何気ないおしゃべりだったのだけど、何十年と映画音楽を聴いてきたママの鋭い批評。やがてこの言葉はインシアの口から発せられ、シャクティ・クマールの心を動かし、インシアとママの運命を大きく変えます。
平凡で非力なママの、ささやかながら絶えることのない音楽愛が娘の夢となり、ひいては自分の人生を救ったのでした。大成せずとも市井にありて情熱を抱くということの意義を見たようにも思います。

◆「アッサラーム・アライクム」
これは、イスラム教徒の挨拶の言葉です。こんにちは、ただいま、おかえり、などに相当します。私、この言葉をどこかで習ったときに「アッサラーム・アライクムと言われたら、絶対に、絶対に、必ず、ワーライクム・アッサラームと返すのですよ!! マナーですから!!」と言われた覚えがあります。作中では帰宅したパパを迎えるママやインシアが口にするのですが、パパは「ウム…」としか応えません。一度だけ、「ワーライクム・アッサラーム」と返すのですが、これはとてもご機嫌が良い時。ちょっと気をつけて見てみてくださいね。


作中の小道具も良い仕事をしています。

◆ギター
インシアが6歳の時にママが買い与えたギター。語られることはありませんが、ママは自分のかわいい娘が何か音楽をたしなめたらいいな、ピアノやバイオリンは高いし教室にも行かなきゃいけないけどギターなら…と考えたのだと思います。インシアとママの夢と人生が詰まった楽器。どんな辛いことも耐えてきたママが、どうしてもこのギターを手放すことだけは受け入れられなかったのでしょう。

◆azad air
ヴァドーダラー↔ムンバイ間に就航する架空の航空会社。「羽ばたく青い鳥」がトレードマーク。azadアーザードは、「自由」という意味。ちなみにアーミルの次男の名前もアーザードです。

◆PC
インシアの夢を叶える足がかりとなり、インシアとチンタンの間に恋が育まれるきっかけとなり、パパの怒りが爆発する原因ともなったノートPC。壊れてしまったPCをグッドゥが一生懸命直そうとするのですが、さすが5歳児。キーボード配列なんてわからないので、ABC順に並べているのがキュートです。


最後に、作中の小ネタについて。作中に少しずつ織り込まれる小さな出来事がエッセンスとなっています。

◆席取り
塾に遅刻したため席がなく、テーブルの上に座るインシア。飛行機の窓側席を他の乗客に横取りされ、奪い返すインシア。ラストシーンで、「行って、あなたのものを受け取りなさい」とママに促されるインシア。
自分の居場所をなんとか作り出したり、奪い返したり、与えられたりするエピソードが細かく散りばめられています。

◆嘘、または知恵ともいう
パパの財布からこっそり小銭を抜き取り子ども達にアイスを買うママ。シャクティの力でママを救うべく学校を抜け出してムンバイへ行くインシア。インシアが怒られないように嘘をつくグッドゥ。インシアを気遣って架空の「ジグネーシュ」を作り出すチンタン。
小賢しい嘘とも言える行為ですが、皆それぞれに大事な人のためになんとかやりくりして苦難を切り抜けようとします。インドの「ジュガール」精神でしょうか。
そういえば、パパはこういう小技を使わずストレートに白黒つける人で、そこが「いやな奴」感を増している気がします。
愛と、勇気と、少しの知恵が、夢を叶えてくれる。この作品の要となっている思想のように思います。

◆交渉術
これは、物語の核心となるので詳細は控えますが、インシアとママは夢と人生のために、決死の交渉に挑みます。相手の弱みにつけ込み、大胆な行動を起こし、自分に有利な条件を相手に飲ませる。実はママは過去にも大胆な交渉をしていて…。
チンタンも、なかなか交渉上手な策士。インシアの秘密を握ったついでに自分の秘密と称して言いにくいことをさらりと言ってのけます。
夢の実現に必要なのは、愛とか勇気とかじゃなくて、交渉術なのかもしれない。


この他にも楽曲の歌詞とか、泣きどころ、笑いどころ、たくさん詰まった作品です。劇場公開されたあかつきには、どうぞお見逃しなく!